1. アポトーシス研究を推進したブレイクスルー
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恵口豊, 辻本賀英
1. 細胞死研究の夜明け - Kerr, Wyllie, Currieの研究以前
table: 年表1「Kerr, Wyllie」前後の細胞死研究の歴史
発表年 研究者(第1著者) 研究項目
1842 Vogt 生理的細胞死の細書の記述
1885 Flemming chromatolytic cell death(アポトーシスの原型)の観察
1964 Lockshinら プログラム細胞死(programmed cell death)という言葉の使用
1966 Tata カエル尾部の退縮にRNA合成とタンパク質合成が必要であることが示される
1968 Grangerら, Ruddleら 細胞死を誘導するサイトカインの発見
1972 Kerrら アポトーシス(apoptosis)という言葉の提案とその定義(細胞死が能動的なプログラムによることを提唱)
1979 Matyasova 放射線やアルキル化剤によるDNA分解(DNA ladder)の誘導
1980 Wyllie アポトーシスにおけるエンドヌクレアーゼ(endonuckease)の活性化(アポトーシスの生化学的解析の始まり)
1842年、Vogtにより最初の生理的細胞死が記載
以来、両生類や昆虫の変態に伴う細胞死のみならず、脊椎動物の発生における様々な組織での細胞死に関して、形態学者や発生学者による多くの記載がなされた
1885年にFlemmingはラットの卵胞に染色体が凝縮、分断化した死細胞を観察し、これをchromatolytic cell deathと名付けた
これが現在われわれが典型的なアポトーシスと呼んでいる像の最初の観察(図1②~④)
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そのほかにも、液胞に富む死細胞や単純に凝縮した死細胞など、様々な細胞死の形態が記載され、カテゴリー分けされようとしていたが、19世紀末には多くの研究者がphagocytosisに興味を持ち始め、細胞死の形態学は徐々に下火になっていく
貪食作用(phagocytosis)
マクロファージや好中球に顕著に見られるが、その他の細胞でも観察される
アポトーシスにおいては、アポトーシスを起こしている細胞やその結果生じたアポトーシス小体がこの貪食作用によってマクロファージやまわりの細胞に取り込まれる(図1④)
20世紀前半は、まさにphagocytosis研究の全盛時代
細胞死研究は好調だったと言い難いが、病理的な情況の細胞死の記載や、形態だけでなく目的別に細胞死を分類することなどが試みられている
1960年代に入り、電子顕微鏡が研究に道入されるようになって、形態学的な記載が改めて蓄積され始め、アポトーシス様の細胞死も多く報告されたが、その概念の定着にはなかなか至らなかった
Saundersは1948年頃から、ニワトリ胚の細胞死が常に同じ領域で起こることを見出していた
この壊死域を培養系にうつしても細胞はスケジュールどおりに死ぬが、胚の別の場所に移植すると死ななくなることから、細胞死には何らかの内的制御(death clock)と外的制御が働いていると推測した(1966年)
Lockshinらは、昆虫の変態において同様の観察をし、1964年にこの現象を「プログラム細胞死(programmed cell death)」と名付けた
1966年、Tataはカエル尾部の退縮にRNA合成とタンパク質合成が必要であることを発見した
同様に、変態中の昆虫の筋(Lockshin, 1969)やグルココルチコイド処理された胸腺細胞の細胞死(Makman et al., 1971)にも、タンパク質合成が必要であることが明らかにされた
細胞死は遺伝的に規定された能動的な細胞の生理反応である可能性が提唱され始めた
このような状況の下、Kerrは肝虚血におけるリソソームの形態変化を研究していたが、急性期に見られる膨潤あるいは破裂した細胞、いわゆるネクローシス(necrosis)細胞(図1⑤, ⑥)のほかに、丸くて小さく、凝縮してバラバラになった染色体をもつ死細胞を発見した
彼はこれを「shrinkage necrosis」と名付けた(1971年)
しかし翌年に、「アポトーシス(apotosis)」と名付けた(1972年)
shrinkage necrosisという名前は記述的であり、生理的条件下で起こると思われる細胞死にnecrosisという名前はふさわしくない
さらにWyllieとCurrieと合流した後、この形態を示す細胞死が生物種を越えて様々な組織で観察されることを発見し、その重要性を認識したため、この細胞死を細胞数の制御における細胞分裂(mitosis)との機能的対比を協調するためアポトーシスと名付けた
「アポトーシス」と「プログラム細胞死」
アポトーシス
細胞死の特定の形態を示す形態学的な定義
その要因や生理的機能に言及する言葉ではない
プログラム細胞死
発生学上、特定の細胞、あるいは特定の領域に存在する細胞が死ぬようプログラムされている細胞死を意味していて、「アポトーシス」とはカテゴリーの違う言葉
最近、アポトーシスの分子機構の解析が進み、細胞には細胞死のためのマシナリーがもともと準備されていることが理解されてきたため、アポトーシスは「遺伝子にプログラムされた細胞死」であるというイメージが広がりつつある
その結果、発生学上の「プログラム細胞死」と混同して使用されることも多いが、依然としてこの2つの言葉はカテゴリーの違う言葉であり、等価ではない
2. アポトーシスの提唱
Kerrらの電子顕微鏡観察による「アポトーシス」
まず染色体が凝縮し、核膜近傍に濃縮される
同時に、核と細胞質が凝縮し、それぞれが分断化されていく(図1②)
分断化が進むと、それぞれがくびり取られ、アポトーシス小体が形成される(図1③)
アポトーシス細胞をマクロファージやまわりの細胞が貪食しやすいように小さくしているという仮説があるが、生体内ではアポトーシ小体が形成される前にアポトーシス細胞が貪食作用によって処理されているケースも多く、その生理的意義には議論の余地がある
この時、他のオルガネラは無傷のように見える
一方、「ネクローシス」では、核の変性はほとんど認められず、ミトコンドリアの膨潤、細胞の肥大を伴い、最終的に細胞膜が破裂して細胞融解に至る(図1⑤〜⑥)
Kerrらのこのアポトーシスの定義は形態的な定義であるが、その一つ一つの形質をネクローシスと対比させることにより、死細胞の形態をアポトーシスとネクローシスの2つのタイプに集約させてしまったところに大きな意義がある
現在ではこのアイデアは必ずしも正しいとは言えないが、この細胞死の二局化によって、細胞死が非常に理解しやすくなった
この考え方は、その後のアポトーシス研究に対する様々な分野からの貢献を可能にした一つの要因であると思われる
同時に、形態的によく似た細胞死をアポトーシスとひとまとめにくくることにより、様々な誤解を生む要因にもなった
当初無理やりアポトーシスに分類されていた細胞死も、それに関与する因子によって、いくつかのグループに整理されはじめている
また、最近ではアポトーシスとネクローシス以外の細胞死の研究も非常にホットになっている
→2. 細胞は多様な死のメカニズムを準備している
Kerrらは、形態のほかに非常に示唆に富んだアポトーシスの特徴を記載している
アポトーシスはネクローシスとは異なり、炎症を誘導せず、組織の破壊が起こらないので、組織ホメオスタシスに適していること
発生期の形態形成だけでなく、リンパ系を含む各種正常組織や腫瘍組織にも観察されること
腫瘍形成に細胞分裂の昂進だけでなく、アポトーシスの抑制にも関与している可能性があること
少なくとも一部は「内在的な時計」によって時空的にプログラムされた細胞死であり、ホルモンなどによる細胞外からの刺激により誘導される細胞死もあると指摘している
さらに形態的特徴からこの細胞死が受動的ではないと予想し、新たなmRNA合成とタンパク質合成が必要であることから、遺伝的に規定された能動的な細胞機能であると解釈している
これらの特徴はすべてが正しいとは言えないけれども、その後30年間のアポトーシス研究の方向を決定づけたという点で重要
3. 線虫 C.elegansを用いた研究
table: 年表2 線虫を用いた研究の歴史
発表年 研究者(第一著者) 研究項目
1977 Sulstonら 線虫 C. elegansにおけるプログラム細胞死の最初の記述
1982 Horvitzら C. elegansのced-3変異体の発見(プログラム細胞死が遺伝的支配を受けることの最初の証明)
1983 Hedgecockら C. elegansのced-1, ced-2変異体の発見(最初の貪食作用の変異体)
1986 Ellisら ced-3, ced-4遺伝子の同定
1992 Hengartnerら ced-9遺伝子の同定
1992 Yuanら ced-4遺伝子のクローニング(配列決定された最初のC.elegans細胞死関連遺伝子)
1993 Yuanら ced-3遺伝子のクローニング(ICE遺伝子との相同性)
1994 Hengartnerら ced-9遺伝子のクローニング(bcl-2遺伝子との相同性)
1996 Lucianiら ced-7遺伝子の同定(死細胞貪食作用に関与する遺伝子)
1998 Conradtら egl-1遺伝子のクローニング(BH3 onlyタンパク質との相同性)
Sydney Brennerにより、遺伝学を適用できる発生学のモデル動物として線虫 Caenorhabditis elegansを利用することが提言され、その発生における細胞系譜を記載する作業の過程で、SulstonとHorvitzは、線虫において生涯に作られる1090個の細胞のうち、131個の特定の細胞が生成してすぐ死ぬこと見出した(1977年)
このプログラム細胞死は、染色体凝縮や細胞の縮小など、アポトーシスの特徴を有している
さっそく遺伝的な解析が行われ、1982年に発表されたced-3変異体をはじめとして、細胞死に異常のある突然変異体(ced mutant)が10種類単離された
この解析により、プログラム細胞死が遺伝的支配を受けることが初めて証明された
遺伝子座の決定および塩基配列の公表にかなりの時間を要したが、その解析結果はアポトーシス研究を飛躍的にスピードアップさせることになった
遺伝子座の決定と遺伝子の相互作用の解析により線虫における細胞死のシグナル伝達の概要が明らかになった
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ced-3とced-4
すべての細胞死に必須である細胞死実行因子
ced-9
ced-4の機能を抑制する因子
ced-1, 2, 5, 6, 7, 10
死細胞の貪食に関わる因子
egl-1
ced-9の機能を抑制することにより細胞死を誘導する
ces-1(cell death specification)とces-2
転写因子
それぞれegl-1とces-1の発現を負に抑制することにより細胞死の開始を決定
ced-8
細胞死の効率を調節していると考えられている
ced-4
哺乳類カスパーゼ(caspase)遺伝子と相同性
ced-9
哺乳類bcl-2遺伝子と相同性
ced-9の機能はbcl-2で相補されることも証明され、アポトーシスの実行系とその制御系は線虫からヒトまで進化学的にかなり保存されたシステムであることが明らかとなった
この事実は高等動物のアポトーシスのシグナル伝達系を解析するうえで、大きな助けとなった
貪食にかかわる遺伝子に関しても、哺乳類に相同遺伝子が存在することが明らかとなっており、貪食系も進化的に保存されていると考えられている
4. Bcl-2とFas
脊椎動物におけるアポトーシスの分子生物学的研究は、当時細胞死とは無関係と思われていた分野での発見が契機となった
がん研究の分野では、1985年前後にbcl-2遺伝子がクローニングされた
免疫学の分野では、1990年前後にFasが発見された
この重要な発見はどちらも日本人研究者によるもの
4-1. Bcl-2ファミリー
1976年に最初のがん遺伝子c-srcが発見されて以来、がん研究の分野ではRNA腫瘍ウイルスの解析と、1982年に開発された悪性形質転換法による解析により、数々のがん遺伝子が発見された
1983年にc-mycとc-ablの2つのがん遺伝子がそれぞれ特異的な染色体転座t(8;14)とt(9;22)の転座点に存在することが示され、染色体転座点の解析を通してがん遺伝子を同定しうることが示唆された
ヒト濾胞性リンパ腫の多くがもつ染色体転座t(14;8)(q32;q21)の解析を通して、1985年辻本らより発見されたblc-2遺伝子はこの方法論により単離された最初のがん遺伝子
Bcl-2はアポトーシス抑制活性をもつ最初の例であり、また配列が明らかになった最初のアポトーシス関連遺伝子
Bcl-2の機能は、当初ほかのがん遺伝子と同様、細胞増殖に関与していると予想されていた
1988年、Vauxらにより、IL-3依存性細胞のIL-3除去時の生存をBcl-2が保障することが示された
続いて1989年には辻本により、Bcl-2がストレスや抗がん剤によるアポトーシスを抑制することが証明され、Bcl-2が抗アポトーシス活性をもつことが明らかとなった
その後、Bcl-2はかなり広範なアポトーシスを効率よく抑制することが明らかとなり、アポトーシス制御の最も重要な因子の一つと考えられている
Bcl-2のアポトーシス抑制活性が明らかになって以来、bcl-2の相同遺伝子の探索が精力的に行われ、多くのファミリー遺伝子が同定されており、その相互作用ネットワークによりアポトーシス実行の制御を行っている
Bcl-2の発見は、さらにアポトーシスシグナル伝達研究において非常に重要な発見をもたらした
1996年、Zamzamiらと清水らは独立に、Bcl-2が局在するミトコンドリアがアポトーシスに重要な役割を果たしていることを証明した
その後の解析により、様々な刺激によて活性化されたアポトーシスシグナルは、一部を除いて多くの場合ミトコンドリアに集約し、下流にシグナルを伝えるかどうかが決まることが明らかとなってきた
Apaf-1とともにカスパーゼを活性化するシトクロムcやその系を調節するSmac/DIABLOやHtrA2/Omiがミトコンドリアから細胞質に放出されて、下流のシグナル伝達系を活性化する
この概念は、様々な刺激により誘導されるアポトーシスの多くが、雪崩式に細胞死に向かうのではなく、ミトコンドリアをスイッチとして、共通の機構で制御され、実行されていることを示している点で非常に重要
4-2. Fas
1989年、米原らとTrauthらは独立に、T細胞に毒性を持つ抗体、Fas(APO-1)を発見した
この発見は細胞が自分自身を死に至らしめるレセプターを細胞表面に元々持っていることを示した点で非常に重要
1991年伊藤らによりFas遺伝子がクローニングされ、TNFレセプター(tumor necrosis factor receptor)と同じグループに分類される細胞死のためのレセプターであることが判明した
1993年、須田らによりFas ligand(FasL)遺伝子がクローニングされ、またFas/FasL系は細胞傷害性T細胞やNK細胞がウイルス感染細胞やがん細胞などにアポトーシスを誘導する手段として使われていることが明らかとなった
Fas刺激は、アポトーシスを誘導する各種刺激の中でも、生理的な刺激であること、非常に効率よくアポトーシスを誘導できること、アポトーシス誘導以外の反応を引き越さないように思われていたことから、アポトーシス研究の多くの場面で多用されてきた
初動分子が単一であるという利点から、精力的に解析され、アポトーシス研究を推進する大きな原動力となった
Fasが刺激されると、アダプター分子であるFADD(1995年)とそれに結合するcaspase-8がDISC(death inducing signaling complex)と呼ばれる複合体を形成し、このオリゴマー形成によってcaspase-8が活性化される
このモデルは後に提唱されたシトクロムc/Apaf-1/caspase-9の系と合わせて、カスパーゼカスケードの最初の反応メカニズムの共通性を示している点で非常に重要
5. カスパーゼの発見
1950年代にリソソームが発見されて以来、リソソームの破裂による再防止が想定されたことを始めとして、細胞死、特にアポトーシスに、プロテアーゼが関与している可能性は常に考慮されてきた
1980年代後半は、様々なセリンプロテアーゼの阻害剤を細胞に投与し、その影響を解析した結果が多数報告されたが、メカニズムを説明するまでには至らなかった
1990年代にカスパーゼ(caspase)が発見され、アポトーシス研究が飛躍的に発展した
このカスパーゼの発見も、当時細胞死とは無関係に思われていた分野での発見がスタート
1992年、インターロイキン1β(IL-1β)の前駆体を切断してIL-1βを生成するプロテアーゼ、ICE(interleukin-1β converting enzyme)の遺伝子がクローニングされた
ICEは基質内の特定のアスパラギン酸のC末端側で切断するというユニークな活性をもつシステインプロテアーゼ
翌年、線虫C. elegansの細胞死実行因子ced-3の遺伝子の塩基配列が報告され、ICEと相同性を持つことが指摘された
その後、ICEそのもののアポトーシスへの関与に加え、ICEに構造的、機能的に相同な因子の探索とその基質の探索が精力的に行われた
残念ながら、ICEはアポトーシスよりもサイトカイン産生に関与していることが明らかとなったが、この研究の流れは、数多くのICEファミリーの遺伝子群を見出した
1996年、このユニークな活性をもつシステインプロテアーゼ群を「カスパーゼ」と命名し、14因子に整理した
その前後の解析により、ミトコンドリアを発信したシグナルはcaspase-9を介してcaspase-3に、Fasからのシグナルはcaspase-8を介してcaspase-3に集約することがわかり、caspase-3がアポトーシス実行の鍵を握る分子であることが明らかとなった
caspase-3によって切断される細胞内の様々な基質は、それぞれアポトーシスの実行に関与していると考えられる
こうして、カスパーゼの解析によりアポトーシスの実行機能の枠組みが明らかとなってきた
6. シトクロムcの関与とApaf-1の発見
Wangらは、正常細胞の抽出液をそのまま放置しておくと、caspase-3の活性が上昇することを見出し、これをアッセイ系として、caspase-3活性化因子の生化学的精製を試みた
同時に1993年にLazebnikらによって開発された、単離核を用いたin vitroアポトーシス系を用いて、オリゴヌクレオソーム単位での染色体DNA切断を誘導する活性も同じ分画に存在することを見出した
このcaspase-3活性化にはdATPと3種類のタンパク質が必要であることがわかり、それぞれApaf-1, Apaf-2, Apaf-3(apoptosis activating factor)と名付けられた
Apaf-1は新規因子であり、Apaf-2はシトクロムc(cytochrome c: cyt c)、Apaf-3はcaspase-9であることが判明した(1996, 1997)
Apaf-1は線虫C. elegansの細胞死必須遺伝子ced-4の遺伝子産物と相同性を示す
その後、アポトーシス時にミトコンドリアからシトクロムcが細胞質に漏出することが確認され、またApaf-1、シトクロムc、caspase-9は、ATPの存在下で「アポプトゾーム(apoptosome)」と呼ばれる複合体を形成し、このオリゴマー形成によりcaspase-9が活性化することが明らかとった
この活性化メカニズムは、Fas刺激の際のDISC形成と共通の概念
Apaf-1、シトクロムc、caspase-9のノックアウトマウスでは、それぞれかなりの細胞死が抑制されていることが示され、ミトコンドリアとカスパーゼをつなぐアポトーシスに必須の機構であることが明らかとなった
→1. シトクロムcはミトコンドリア依存的アポトーシスに必須か?
7. 染色体DNA分解と核の形態変化
Kerrらのアポトーシスの定義である核の形態変化は、その劇的な変化故にメカニズムの解明が期待されていた
1979年に放射線やアルキル化剤によるDNA分解(DNAラダー)の誘導が見出され、1980年にWyllieらによってアポトーシスにおけるエンドヌクレアーゼの活性化が示されると、オリゴヌクレオソーム単位での染色体DNA切断によるDNAラダー形成が、アポトーシスの生化学的な指標の一つとして用いられるようになった
が、その実体はなかなか明らかにならなかった
1993年にLazebnikらによって、単離核を用いたin vitroアポトーシス系が確立され、多くの研究者がこの系、またはこれに類似した系を用いて、染色体DNA切断にかかわる因子の同定を試みた
1997年、江成らと坂平らはそれぞれCAD(caspase-activated DNase)、ICAD(inhibitor of caspase-activated DNase)の精製、およびクローニングに成功した
同時期に生成されたDEF45はICADと同一分子
CADはアポトーシスに特異的なDNase(DNA切断酵素)であり、ICADはCADの抑制因子であると同時にCADのシャペロン(chaperone:タンパク質折りたたみ酵素)である
アポトーシス誘導時にはICADがcaspase-3により切断され、その結果遊離したCADが染色体DNAを切断し、DNAラダーを生成する
長田らのグループは、この系を利用、発展させ、貪食されたアポトーシス細胞のDNA分解にはDNase IIが関与すること、アポトーシス細胞の貪食にmilk fat globule-EGF-factor 8(MFG-E8)が関与することを見出している
アポトーシスによる核の形態変化には、クロマチン凝縮誘導タンパク質であるAcinusのcaspase-3による分解、核膜タンパク質であるLaminBのcaspase-6による分解、カスパーゼ活性に依存しないAIF(apoptosis-inducing factor)の機能などが関与することが示唆されている
8. DNA傷害とp53依存的アポトーシス
X線や電離放射線、紫外線などによりDNAに傷害を与えると、細胞が死に至ることは古くから知られていた
従来はDNAに傷害が生じると、遺伝子が破壊されたり、DNA複製が阻害されたりするため、細胞が死ぬと考えられていた
1990年代になって、むしろDNA傷害によりアポトーシスのプログラムが発動されることが明らかになってきた
最初のきっかけは、野生型p53の過剰発現によるアポトーシスの誘導が発見されたこと(Yonish-Rouach et al., 1991)
続いてLoweらにより、放射線によるアポトーシスにp53が必須であることが証明され(1993)、DNA傷害によるアポトーシスは、遺伝子産物による制御を受けることが明らかとなった
がん抑制遺伝子p53の遺伝子産物は転写因子であるため、DNA傷害によるアポトーシスにその転写活性が必要であると考えられてきたが、転写活性能を失ったp53欠失変異体でもDNA損傷によりアポトーシスが誘導されるケースも報告されており、その転写活性が必要か否かは長らく論争になっている
アポトーシス時にp53により転写誘導される遺伝子は多く報告されているが、その中でも重要なものは、Puma, NoxaなどのBH3 onlyタンパク質であり、これらの欠損細胞ではp53依存性アポトーシスが影響を受ける
一方、紫外線によるアポトーシスではp53が(2004, 2005)、また放射線によるアポトーシスではp53依存的に核から遊離されたヒストンH1.2が(2003)、ミトコンドリアにシグナルを伝達することが報告されており、必ずしもp53の転写活性は重要ではないと考えられる
これらの複数の因子はおそらく組織特異的、時期特異的にそれぞれが巧妙に使い分けられていると考えられている
例えば、Pumaは胸腺において必須に機能しているが、ヒストンH1.2は、胸腺ではあまり機能しておらず、腸上皮において重要な役割を果たしている
DNA傷害によるp53の活性化機構は、p53のもう一つの重要な機能であるDNA修復と細胞周期チェックポイントの研究から明らかになってきた
RAD遺伝子群によるDNA傷害の認識とATM(ataxia telangiectasia mutated)、ATR(ataxia telangiectasia and Rad3 related)の活性上昇により、CHK1、CHK2を含むリン酸化酵素群が活性化し、p53に複数存在するリン酸化部位をリン酸化する
その結果、p53は安定化され、また活性化される
9. キナーゼの関与
がん遺伝子研究をはじめとするシグナル伝達の研究分野において、さまざまなタンパク質リン酸化酵素や転写因子が発見され、細胞増殖制御と細胞生存の関係が注目され始めた
実際、アポトーシスに関与する各種因子のリン酸化状態を制御するキナーゼが数多く発見され、またアポトーシス誘導に直接関わるキナーゼ系が明らかになっている
その中でもアポトーシス研究に多大に寄与したのはPI3k/Akt系とASK1/JNK系
9-1. PI3kとAkt
1995年、NGFによる神経細胞生存にPI3K(phosphatidylinositol-3-kinase, PI3キナーゼ)が必須であることが示され、その後PI3Kが様々なアポトーシス系において抑制的に働いていることが明らかにされた
1997年には、PI3Kの下流で働くAktもIGF(insulin-like growth factor:インスリン様成長因子)による神経細胞生存に必須であり、PI3Kの下流で働く細胞死抑制因子が主にAktであることも明らかとなった
その後の解析により、PI3K/Akt系は非常に広範な系で細胞生存に関与していることが明らかにされている
PI3Kが活性化されると、生成するIP3(イノシトール三リン酸)により活性化されたPDK(phosphoinositide dependent kinase)によりリン酸化を受けてAktが活性化する
AktはBH3 onlyタンパク質であるBADや、caspase-9, forkheadファミリー転写因子などをリン酸化することによりアポトーシス促進機能を阻害するとともに、IKK(IκB kinase)やCREB(cAMP-responsive element binding protein)をリン酸化して活性化することが知られている
9-2. ASK1とJNK
MAPキナーゼ経路は、真核生物に保存されている細胞応答制御に関与するシグナル伝達経路
このうち、JNKとp38はDNA傷害や酸化ストレス、熱、浸透圧ショックなどの細胞傷害性ストレスや、炎症性サイトカインによって活性化される、ストレス応答MAPキナーゼ
1995年、JNK、p38の活性化が神経系細胞のアポトーシスに必須であることが示された
その後、多くのストレス誘導性アポトーシスの系でJNK, p38の活性化の関与が示されたが、必ずしもそれを必要としない系も報告されており、JNKとp38の標的分子の解明が待たれる
ASK1はJNK経路とp38経路を活性化するMAPKKK(MAP3K)として、1997年一篠らにより発見された
ASK1の過剰発現によりアポトーシスが誘導され、またTNFや酸化ストレス、あるいは小胞体ストレス誘導性アポトーシスに必須であり、非常に広範なストレス誘導性アポトーシスのメディエーターとして機能しているキナーゼであると考えられている
また、TNFや小胞体ストレスによって誘導されるアポトーシスではTRAF2がASK1に結合して活性化させることがわかっており、全く異なったストレスに応答して、共通の機構が関与していることは興味深い
このTRAF2-ASK1-JNK系はショウジョウバエでも機能しており、真核生物に保存されている機構であると考えられる
ASK1の活性化によりJNK/p38の活性化が誘導されるが、ASK1依存的なアポトーシスのすべてが、JNK/p38の活性化を介して誘導されているかどうかは今のところわからない
10. 昆虫におけるアポトーシス研究と哺乳類アポトーシス研究の共同作業
年表4 昆虫遺伝子、ウイルス遺伝子におけるアポトーシス研究の歴史
table: 昆虫遺伝子
発表年 研究者(第一著者) 研究項目
1994 Whiteら reaper(rpr)遺伝子(最初のDrosophila細胞死遺伝子)
1995 Gretherら hid遺伝子のクローニング
1995 Hayら DIAP遺伝子のクローニング: Drosophila IAP
1996 Pronkら Reaperによる細胞死にカスパーゼが関与
1996 Chenら grim遺伝子のクローニング
1997 Fraserら drICE遺伝子のクローニング: Drosophilaカスパーゼ
1999 Wangら HIDによるDIAP1の制御
2000 井垣ら, Colussiら drob-1遺伝子のクローニング: Drosophila bcl-2ホモログ
table: ウイルス遺伝子
発表年 研究者(第一著者) 研究項目
1986 Pickupら crmA遺伝子(牛痘ウイルス)
1987 Friesenら p35遺伝子(バキュロウイルス)
1987 Pearsonら BHRF1遺伝子(EBウイルス)(最初のbcl-2ホモログ)
1991 Clemら p35による細胞死抑制(昆虫における最初の細胞死関連遺伝子)
1992 Rayら CrmAはICEを抑制する
1993 Crookら IAP遺伝子(バキュロウイルス)
1994 杉本ら p35によるC. elegansプログラム細胞死の抑制(細胞死メカニズムの共通性を示唆)
1995 Bumpら、Xueら p35はシステインプロテアーゼを抑制する
table:その他の分子
発表年 研究者(第一著者) 研究項目
2002 Madeoら 酵母カスパーゼの発見
ショウジョウバエ(Drosophila)の重要な変異体H99が細胞死に関与することが明らかにされたのは1994年
このH99欠失領域には、3つの遺伝子、reaper(rpr)、hid、grimが存在することが明らかになっている
これらの遺伝子産物は、それぞれ強力な細胞死誘導活性をもつ
昆虫に感染するウイルスからも重要な遺伝子が単離された
p35遺伝子
1987年に単離され、細胞死抑制活性をもつ(1991)、カスパーゼ阻害因子である
iap遺伝子
p35と同様にアポトーシスを抑制する
1993年に単離されたが、p35タンパク質とIAPタンパク質の間にはホモロジーはない
iap遺伝子のショウジョウバエホモログとして1995年にDIAP1、DIAP2遺伝子が発見され、またヒトからも同様の機能をもつ因子としてc-IAP1/hiap-2, c-IAP2/hiap-1, XIAPなどが報告されている
IAPファミリータンパク質は進化的によく保存されており、カスパーゼに結合して活性を阻害するほか、一部のものはユビキチンリガーゼ活性をもつ
1999年にHIDがDIAP1に結合し、そのカスパーゼ阻害活性を抑制することによって細胞死を誘導することが明らかになった
2000年に哺乳類で単離されたSmac/DIABLOと2001年に単離されたHtrA2/Omiは、HIDと同様にIAPファミリータンパク質に結合し、そのカスパーゼ阻害活性を抑制することが示された
Smac/DIABLOとHtrA2/Omiは、アポトーシス誘導時にミトコンドリアから細胞質に放出され、カスパーゼ経路を活性化することが、その機能の一つと考えられる
ショウジョウバエからも、カスパーゼ遺伝子、bcl-2ファミリー遺伝子、apaf-1遺伝子が単離されており、またASK1、TRAFファミリー、JNKの各遺伝子のオーソログも単離されている
ショウジョウバエと哺乳類におけるそれらの機能の対応付けは興味深い
まとめ
本格的なアポトーシスの分子基盤の研究は、Kerrらによるアポトーシスの定義から10数年経った1980年代後半に、全く別の分野で行われたいくつかの研究により始まったと言える
腫瘍学におけるbcl-2遺伝子とその抗アポトーシス活性の発見
免疫学におけるFsa/FasLの発見
遺伝学における線虫C. elegansの解析
その後10数年の間に行われたそれぞれの解析は、お互いに補完し合うことによって、理解が急速に進み、これらの共同作業とカスパーゼの解析、そしてin vitro系を用いたApaf-1/シトクロムc/caspase-9およびCAD/ICADの精製により、アポトーシスの実行経路の大筋が理解できるようになった
https://gyazo.com/784169b4239a6c030c85b5829330a5e6
今後はこの経路を調節している様々な因子や、この経路を起動するメカニズムの解析が進むとともに、アポトーシス以外の細胞死の経路の解析が進んで、細胞死の全体像が明らかにされていくであろう
それに伴って、細胞死の異常により引き起こされる様々な疾患の治療法の開発も進むことも期待される
→2. アポトーシス研究を支えた実験法