1. アポトーシス研究を推進したブレイクスルー
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1. 細胞死研究の夜明け - Kerr, Wyllie, Currieの研究以前
table: 年表1「Kerr, Wyllie」前後の細胞死研究の歴史
発表年 研究者(第1著者) 研究項目
これが現在われわれが典型的なアポトーシスと呼んでいる像の最初の観察(図1②~④) https://gyazo.com/2af3b2ab947e2628011909f2a6d132c9
そのほかにも、液胞に富む死細胞や単純に凝縮した死細胞など、様々な細胞死の形態が記載され、カテゴリー分けされようとしていたが、19世紀末には多くの研究者がphagocytosisに興味を持ち始め、細胞死の形態学は徐々に下火になっていく アポトーシスにおいては、アポトーシスを起こしている細胞やその結果生じたアポトーシス小体がこの貪食作用によってマクロファージやまわりの細胞に取り込まれる(図1④) 20世紀前半は、まさにphagocytosis研究の全盛時代
細胞死研究は好調だったと言い難いが、病理的な情況の細胞死の記載や、形態だけでなく目的別に細胞死を分類することなどが試みられている
1960年代に入り、電子顕微鏡が研究に道入されるようになって、形態学的な記載が改めて蓄積され始め、アポトーシス様の細胞死も多く報告されたが、その概念の定着にはなかなか至らなかった この壊死域を培養系にうつしても細胞はスケジュールどおりに死ぬが、胚の別の場所に移植すると死ななくなることから、細胞死には何らかの内的制御(death clock)と外的制御が働いていると推測した(1966年) 細胞死は遺伝的に規定された能動的な細胞の生理反応である可能性が提唱され始めた
このような状況の下、Kerrは肝虚血におけるリソソームの形態変化を研究していたが、急性期に見られる膨潤あるいは破裂した細胞、いわゆるネクローシス(necrosis)細胞(図1⑤, ⑥)のほかに、丸くて小さく、凝縮してバラバラになった染色体をもつ死細胞を発見した shrinkage necrosisという名前は記述的であり、生理的条件下で起こると思われる細胞死にnecrosisという名前はふさわしくない
さらにWyllieとCurrieと合流した後、この形態を示す細胞死が生物種を越えて様々な組織で観察されることを発見し、その重要性を認識したため、この細胞死を細胞数の制御における細胞分裂(mitosis)との機能的対比を協調するためアポトーシスと名付けた アポトーシス
細胞死の特定の形態を示す形態学的な定義
その要因や生理的機能に言及する言葉ではない
プログラム細胞死
発生学上、特定の細胞、あるいは特定の領域に存在する細胞が死ぬようプログラムされている細胞死を意味していて、「アポトーシス」とはカテゴリーの違う言葉
最近、アポトーシスの分子機構の解析が進み、細胞には細胞死のためのマシナリーがもともと準備されていることが理解されてきたため、アポトーシスは「遺伝子にプログラムされた細胞死」であるというイメージが広がりつつある
その結果、発生学上の「プログラム細胞死」と混同して使用されることも多いが、依然としてこの2つの言葉はカテゴリーの違う言葉であり、等価ではない
2. アポトーシスの提唱
同時に、核と細胞質が凝縮し、それぞれが分断化されていく(図1②) アポトーシス細胞をマクロファージやまわりの細胞が貪食しやすいように小さくしているという仮説があるが、生体内ではアポトーシ小体が形成される前にアポトーシス細胞が貪食作用によって処理されているケースも多く、その生理的意義には議論の余地がある
一方、「ネクローシス」では、核の変性はほとんど認められず、ミトコンドリアの膨潤、細胞の肥大を伴い、最終的に細胞膜が破裂して細胞融解に至る(図1⑤〜⑥) Kerrらのこのアポトーシスの定義は形態的な定義であるが、その一つ一つの形質をネクローシスと対比させることにより、死細胞の形態をアポトーシスとネクローシスの2つのタイプに集約させてしまったところに大きな意義がある
現在ではこのアイデアは必ずしも正しいとは言えないが、この細胞死の二局化によって、細胞死が非常に理解しやすくなった
この考え方は、その後のアポトーシス研究に対する様々な分野からの貢献を可能にした一つの要因であると思われる
同時に、形態的によく似た細胞死をアポトーシスとひとまとめにくくることにより、様々な誤解を生む要因にもなった
当初無理やりアポトーシスに分類されていた細胞死も、それに関与する因子によって、いくつかのグループに整理されはじめている
また、最近ではアポトーシスとネクローシス以外の細胞死の研究も非常にホットになっている
Kerrらは、形態のほかに非常に示唆に富んだアポトーシスの特徴を記載している
アポトーシスはネクローシスとは異なり、炎症を誘導せず、組織の破壊が起こらないので、組織ホメオスタシスに適していること 発生期の形態形成だけでなく、リンパ系を含む各種正常組織や腫瘍組織にも観察されること 腫瘍形成に細胞分裂の昂進だけでなく、アポトーシスの抑制にも関与している可能性があること
少なくとも一部は「内在的な時計」によって時空的にプログラムされた細胞死であり、ホルモンなどによる細胞外からの刺激により誘導される細胞死もあると指摘している さらに形態的特徴からこの細胞死が受動的ではないと予想し、新たなmRNA合成とタンパク質合成が必要であることから、遺伝的に規定された能動的な細胞機能であると解釈している
これらの特徴はすべてが正しいとは言えないけれども、その後30年間のアポトーシス研究の方向を決定づけたという点で重要
3. 線虫 C.elegansを用いた研究
table: 年表2 線虫を用いた研究の歴史
発表年 研究者(第一著者) 研究項目
1993 Yuanら ced-3遺伝子のクローニング(ICE遺伝子との相同性) このプログラム細胞死は、染色体凝縮や細胞の縮小など、アポトーシスの特徴を有している
さっそく遺伝的な解析が行われ、1982年に発表されたced-3変異体をはじめとして、細胞死に異常のある突然変異体(ced mutant)が10種類単離された この解析により、プログラム細胞死が遺伝的支配を受けることが初めて証明された
遺伝子座の決定および塩基配列の公表にかなりの時間を要したが、その解析結果はアポトーシス研究を飛躍的にスピードアップさせることになった 遺伝子座の決定と遺伝子の相互作用の解析により線虫における細胞死のシグナル伝達の概要が明らかになった
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ced-3とced-4
ced-9
ced-4の機能を抑制する因子
ced-1, 2, 5, 6, 7, 10
死細胞の貪食に関わる因子
egl-1
ced-9の機能を抑制することにより細胞死を誘導する
それぞれegl-1とces-1の発現を負に抑制することにより細胞死の開始を決定 細胞死の効率を調節していると考えられている
ced-9の機能はbcl-2で相補されることも証明され、アポトーシスの実行系とその制御系は線虫からヒトまで進化学的にかなり保存されたシステムであることが明らかとなった
この事実は高等動物のアポトーシスのシグナル伝達系を解析するうえで、大きな助けとなった
貪食にかかわる遺伝子に関しても、哺乳類に相同遺伝子が存在することが明らかとなっており、貪食系も進化的に保存されていると考えられている
4. Bcl-2とFas
脊椎動物におけるアポトーシスの分子生物学的研究は、当時細胞死とは無関係と思われていた分野での発見が契機となった この重要な発見はどちらも日本人研究者によるもの
4-1. Bcl-2ファミリー
1983年にc-mycとc-ablの2つのがん遺伝子がそれぞれ特異的な染色体転座t(8;14)とt(9;22)の転座点に存在することが示され、染色体転座点の解析を通してがん遺伝子を同定しうることが示唆された ヒト濾胞性リンパ腫の多くがもつ染色体転座t(14;8)(q32;q21)の解析を通して、1985年辻本らより発見されたblc-2遺伝子はこの方法論により単離された最初のがん遺伝子 Bcl-2はアポトーシス抑制活性をもつ最初の例であり、また配列が明らかになった最初のアポトーシス関連遺伝子
Bcl-2の機能は、当初ほかのがん遺伝子と同様、細胞増殖に関与していると予想されていた その後、Bcl-2はかなり広範なアポトーシスを効率よく抑制することが明らかとなり、アポトーシス制御の最も重要な因子の一つと考えられている
Bcl-2のアポトーシス抑制活性が明らかになって以来、bcl-2の相同遺伝子の探索が精力的に行われ、多くのファミリー遺伝子が同定されており、その相互作用ネットワークによりアポトーシス実行の制御を行っている Bcl-2の発見は、さらにアポトーシスシグナル伝達研究において非常に重要な発見をもたらした
その後の解析により、様々な刺激によて活性化されたアポトーシスシグナルは、一部を除いて多くの場合ミトコンドリアに集約し、下流にシグナルを伝えるかどうかが決まることが明らかとなってきた
この概念は、様々な刺激により誘導されるアポトーシスの多くが、雪崩式に細胞死に向かうのではなく、ミトコンドリアをスイッチとして、共通の機構で制御され、実行されていることを示している点で非常に重要
4-2. Fas
この発見は細胞が自分自身を死に至らしめるレセプターを細胞表面に元々持っていることを示した点で非常に重要 Fas刺激は、アポトーシスを誘導する各種刺激の中でも、生理的な刺激であること、非常に効率よくアポトーシスを誘導できること、アポトーシス誘導以外の反応を引き越さないように思われていたことから、アポトーシス研究の多くの場面で多用されてきた
初動分子が単一であるという利点から、精力的に解析され、アポトーシス研究を推進する大きな原動力となった
このモデルは後に提唱されたシトクロムc/Apaf-1/caspase-9の系と合わせて、カスパーゼカスケードの最初の反応メカニズムの共通性を示している点で非常に重要 5. カスパーゼの発見
1950年代にリソソームが発見されて以来、リソソームの破裂による再防止が想定されたことを始めとして、細胞死、特にアポトーシスに、プロテアーゼが関与している可能性は常に考慮されてきた 1980年代後半は、様々なセリンプロテアーゼの阻害剤を細胞に投与し、その影響を解析した結果が多数報告されたが、メカニズムを説明するまでには至らなかった このカスパーゼの発見も、当時細胞死とは無関係に思われていた分野での発見がスタート
翌年、線虫C. elegansの細胞死実行因子ced-3の遺伝子の塩基配列が報告され、ICEと相同性を持つことが指摘された
その後、ICEそのもののアポトーシスへの関与に加え、ICEに構造的、機能的に相同な因子の探索とその基質の探索が精力的に行われた
残念ながら、ICEはアポトーシスよりもサイトカイン産生に関与していることが明らかとなったが、この研究の流れは、数多くのICEファミリーの遺伝子群を見出した 1996年、このユニークな活性をもつシステインプロテアーゼ群を「カスパーゼ」と命名し、14因子に整理した
caspase-3によって切断される細胞内の様々な基質は、それぞれアポトーシスの実行に関与していると考えられる
こうして、カスパーゼの解析によりアポトーシスの実行機能の枠組みが明らかとなってきた
6. シトクロムcの関与とApaf-1の発見
Wangらは、正常細胞の抽出液をそのまま放置しておくと、caspase-3の活性が上昇することを見出し、これをアッセイ系として、caspase-3活性化因子の生化学的精製を試みた 同時に1993年にLazebnikらによって開発された、単離核を用いたin vitroアポトーシス系を用いて、オリゴヌクレオソーム単位での染色体DNA切断を誘導する活性も同じ分画に存在することを見出した Apaf-1は線虫C. elegansの細胞死必須遺伝子ced-4の遺伝子産物と相同性を示す
その後、アポトーシス時にミトコンドリアからシトクロムcが細胞質に漏出することが確認され、またApaf-1、シトクロムc、caspase-9は、ATPの存在下で「アポプトゾーム(apoptosome)」と呼ばれる複合体を形成し、このオリゴマー形成によりcaspase-9が活性化することが明らかとった この活性化メカニズムは、Fas刺激の際のDISC形成と共通の概念
Apaf-1、シトクロムc、caspase-9のノックアウトマウスでは、それぞれかなりの細胞死が抑制されていることが示され、ミトコンドリアとカスパーゼをつなぐアポトーシスに必須の機構であることが明らかとなった 7. 染色体DNA分解と核の形態変化
Kerrらのアポトーシスの定義である核の形態変化は、その劇的な変化故にメカニズムの解明が期待されていた が、その実体はなかなか明らかにならなかった
1993年にLazebnikらによって、単離核を用いたin vitroアポトーシス系が確立され、多くの研究者がこの系、またはこれに類似した系を用いて、染色体DNA切断にかかわる因子の同定を試みた アポトーシス誘導時にはICADがcaspase-3により切断され、その結果遊離したCADが染色体DNAを切断し、DNAラダーを生成する
8. DNA傷害とp53依存的アポトーシス
従来はDNAに傷害が生じると、遺伝子が破壊されたり、DNA複製が阻害されたりするため、細胞が死ぬと考えられていた
1990年代になって、むしろDNA傷害によりアポトーシスのプログラムが発動されることが明らかになってきた 続いてLoweらにより、放射線によるアポトーシスにp53が必須であることが証明され(1993)、DNA傷害によるアポトーシスは、遺伝子産物による制御を受けることが明らかとなった がん抑制遺伝子p53の遺伝子産物は転写因子であるため、DNA傷害によるアポトーシスにその転写活性が必要であると考えられてきたが、転写活性能を失ったp53欠失変異体でもDNA損傷によりアポトーシスが誘導されるケースも報告されており、その転写活性が必要か否かは長らく論争になっている アポトーシス時にp53により転写誘導される遺伝子は多く報告されているが、その中でも重要なものは、Puma, NoxaなどのBH3 onlyタンパク質であり、これらの欠損細胞ではp53依存性アポトーシスが影響を受ける 一方、紫外線によるアポトーシスではp53が(2004, 2005)、また放射線によるアポトーシスではp53依存的に核から遊離されたヒストンH1.2が(2003)、ミトコンドリアにシグナルを伝達することが報告されており、必ずしもp53の転写活性は重要ではないと考えられる これらの複数の因子はおそらく組織特異的、時期特異的にそれぞれが巧妙に使い分けられていると考えられている
例えば、Pumaは胸腺において必須に機能しているが、ヒストンH1.2は、胸腺ではあまり機能しておらず、腸上皮において重要な役割を果たしている その結果、p53は安定化され、また活性化される
9. キナーゼの関与
がん遺伝子研究をはじめとするシグナル伝達の研究分野において、さまざまなタンパク質リン酸化酵素や転写因子が発見され、細胞増殖制御と細胞生存の関係が注目され始めた
実際、アポトーシスに関与する各種因子のリン酸化状態を制御するキナーゼが数多く発見され、またアポトーシス誘導に直接関わるキナーゼ系が明らかになっている 9-1. PI3kとAkt
その後の解析により、PI3K/Akt系は非常に広範な系で細胞生存に関与していることが明らかにされている 9-2. ASK1とJNK
1995年、JNK、p38の活性化が神経系細胞のアポトーシスに必須であることが示された
その後、多くのストレス誘導性アポトーシスの系でJNK, p38の活性化の関与が示されたが、必ずしもそれを必要としない系も報告されており、JNKとp38の標的分子の解明が待たれる
また、TNFや小胞体ストレスによって誘導されるアポトーシスではTRAF2がASK1に結合して活性化させることがわかっており、全く異なったストレスに応答して、共通の機構が関与していることは興味深い ASK1の活性化によりJNK/p38の活性化が誘導されるが、ASK1依存的なアポトーシスのすべてが、JNK/p38の活性化を介して誘導されているかどうかは今のところわからない
10. 昆虫におけるアポトーシス研究と哺乳類アポトーシス研究の共同作業
年表4 昆虫遺伝子、ウイルス遺伝子におけるアポトーシス研究の歴史
table: 昆虫遺伝子
発表年 研究者(第一著者) 研究項目
table: ウイルス遺伝子
発表年 研究者(第一著者) 研究項目
table:その他の分子
発表年 研究者(第一著者) 研究項目
これらの遺伝子産物は、それぞれ強力な細胞死誘導活性をもつ
p35と同様にアポトーシスを抑制する
1993年に単離されたが、p35タンパク質とIAPタンパク質の間にはホモロジーはない
1999年にHIDがDIAP1に結合し、そのカスパーゼ阻害活性を抑制することによって細胞死を誘導することが明らかになった Smac/DIABLOとHtrA2/Omiは、アポトーシス誘導時にミトコンドリアから細胞質に放出され、カスパーゼ経路を活性化することが、その機能の一つと考えられる
ショウジョウバエと哺乳類におけるそれらの機能の対応付けは興味深い
まとめ
本格的なアポトーシスの分子基盤の研究は、Kerrらによるアポトーシスの定義から10数年経った1980年代後半に、全く別の分野で行われたいくつかの研究により始まったと言える
腫瘍学におけるbcl-2遺伝子とその抗アポトーシス活性の発見
免疫学におけるFsa/FasLの発見
遺伝学における線虫C. elegansの解析
その後10数年の間に行われたそれぞれの解析は、お互いに補完し合うことによって、理解が急速に進み、これらの共同作業とカスパーゼの解析、そしてin vitro系を用いたApaf-1/シトクロムc/caspase-9およびCAD/ICADの精製により、アポトーシスの実行経路の大筋が理解できるようになった
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今後はこの経路を調節している様々な因子や、この経路を起動するメカニズムの解析が進むとともに、アポトーシス以外の細胞死の経路の解析が進んで、細胞死の全体像が明らかにされていくであろう
それに伴って、細胞死の異常により引き起こされる様々な疾患の治療法の開発も進むことも期待される